2026年7月22日水曜日

伊勢修養学舎 2班 2日目  男子の「禊(みそぎ)」と「祓(はらえ)」〜水に清められ、成長する生徒たち〜

 2班の生徒たちは2日目を迎えました。生徒たちの表情や行動には明らかな変化が現れ、この修養学舎の成果がしっかりと見えてきています。この修養学舎には重要な神道行事が数多くありますが、その中でも最も大切にしているのが、男子の「禊(みそぎ)」と女子の「豊栄(とよさか)の舞」の体験です。今回は、男子の「禊」と「祓(はらえ)」について伝えさせていただきます。

早朝の静けさの中で朝5:30の起床から始まります。6:00には全員が集合場所に集まり、一言も発することなく五十鈴川(いすずがわ)へと向かい、禊を実施します。五十鈴川での禊を終えた男子は、そのまま内宮(ないくう)へ参拝。一方、女子生徒は同時刻に講堂へ集合し、まずは内宮へ参拝します。参拝後は、講堂にて大祓詞(おおはらえことば)を奏上し、書写を行います。 男子・女子ともに、早朝の澄んだ静けさの中、心を落ち着かせて素直な気持ちで参拝に臨んでくれました。

本校を卒業した男子生徒の多くが、口をそろえてこう言ってくれます。

「今となれば、本当に貴重な経験をさせてもらったと思います。このような経験はもう二度とないでしょう。卒業後に伊勢を訪れたとき、あの貴重な体験をさせていただけたのだと、自然と感謝の気持ちが湧き出てきます」

この「禊」を最初に行ったのは、日本神話における国生みの神様「イザナギノミコト(伊邪那岐命)」です。『古事記』によると、イザナギノミコトは、火傷を負って亡くなった妻のイザナミノミコトを追いかけて死者の国である「黄泉の国(よみのくに)」へ向かいますが、そこで恐ろしい姿となった妻を見てしまいます。命からがら逃げ帰ったイザナギノミコトは、黄泉の国の穢れ(けがれ)を落とすために川に入って身を清めました。その際、多くの尊い神々が誕生したとされています。このときのイザナギノミコトの行為が、神道における禊の起源として今に伝わっています。

「禊」の語源は「身削(みそぎ)」や「身滌(みそぎ)」からきているとされ、川や海に入ったり、滝に打たれたり、泉や井戸の水を浴びたりして、罪や穢れを洗い流し清めることを指します。 日本は豊かな水に恵まれた国です。山から湧き出た水が河川を通じて海へと流れ、国全体を清めていく――こうした日本独自の自然環境が、水の持つ「浄化作用」に対する深い信仰を育んできました。このように、水の力によって穢れを洗い清め、清浄な状態に戻す「祓(はらえ)」のことを「禊」と呼ぶのです。

 このように、禊の意味を深く学び、実際に体験することで、日常生活では気づけなかった多くの大切なことに気づかされます。修養学舎の神道行事には、そのすべてに意味があり、理由を知ることで生徒たちの姿勢や心構えは大きく変化していきます。その変化こそが、人間として成長する大きなきっかけとなるのです。

神道の世界では、「私たちは大自然の力に生かされ、助けられている」という感謝の気持ちを大切にしています。その精神を根幹に置くこの修養学舎での神道行事は、自分自身を改めて見つめ直し、新たな道へと導いてくれる最高の体験になると確信しています。これこそが神社神道を建学の精神とする浪速でしか経験できない行事なのです。その学校で学ぶ生徒たちには必ず明るい未来が待っていると思っています。