2026年7月25日土曜日

伊勢修養学舎3班帰阪・4班のスタート ~川曳行事~

 本日3班の生徒たちが最終日となりました」。今日は伊勢神宮で20年に一度行われる式年遷宮(しきねんせんぐう)が2033年(令和15年)に実施される数年前(遷宮事業の序盤)から何度かにわたって催される、川曳(かわびき)」が神聖な川、五十鈴川(いすずがわ)で今日と明日の2日にわたり開催されるため川への立ち入りが一切の禁止となり、本日の男子生徒の禊が実施できず女子生徒と同様に内宮参拝後、講堂にて大祓詞の奏上・神拝詞の書写を行いました。

最終日も3班の生徒たちはしっかりとした姿勢で神道行事に臨んでくれたと思います。3日間でこれだけの行動変容がみられるのはこの伊勢修養学舎がいかに生徒たちの心の修養となっているかがわかる瞬間でもあります。本日到着した4班の生徒たちにも同じ神道行事を通して心の修養をしてほしいと思っています。

式年遷宮の始まりは約1,300年前と言われており飛鳥時代、天武天皇の発意により定められ、持統天皇の治世(690年)に第1回が行われました。「常若(とこわか)」の思想を重んじ「常に若々しく、清らかであること」を尊ぶ神道の価値観から、20年ごとに社殿や神宝を新調する仕組みが作られました。これにより、古代から続く宮大工や伝統工芸の技術が途絶えることなく現代へ継承されています。
室町末期から戦国時代にかけて、幕府の衰退や相次ぐ戦乱により財源が断たれ、式年遷宮は約120年間中断しましたがその後、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康らの支援によって復興を遂げ、江戸時代以降にお木曳行事も神領民(しんりょうみん=神宮領の住民)の結束を示す大行事として定着しました。
御木曳(おきひき)」とは新しい社殿を建てるための檜(ひのき)の大木(御用材)を神域へと運び入れる行事でその御木曳のうち、五十鈴川(いすずがわ)の水流を利用して川から木を曳き運ぶ行事が「川曳(かわびき)」です。

川曳(かわびき)の主役は、古くから伊勢神宮を支えてきた地元の「神領民(しんりょうみん)」と呼ばれる人々です。地区ごとに「奉曳団(ほうえいだん)」を結成し、子供からお年寄りまで世代を超えて参加します。川の中で大勢が同時に力を入れるため、木遣り(きやり)師が独特の節回しで唄を歌い、引き手が「エンヤ、エンヤ」と威勢よく掛け声を返して息を合わせます。川に入る参加者は水に濡れても良い伝統的な装束に身を包み、冷たい水の中でも熱気あふれる空間を作り出します。

次の式年遷宮は2033年(令和15年)となっており63回目となります。これからも約8年かけて準備・諸行事が行われます。このように本日行われた川曳などの華やかな行事を皮切りに、数年かけて建築や装飾の職人技が集結し、2033年(令和15年)の「遷御」(せんぎょ)へと向かっていきます。

4班の生徒たちも本日午後からの神道行事もしっかりと取り組んでくれていました。これからも明後日まで気を抜かずに積極的な姿勢で目の前の行事に取り組んでくれることを期待しています。できるかできないかではなくやるかやらないか。今この瞬間を大切にそして一生懸命に取り組むことが重要です。頑張れ!浪高生たち。

2026年7月24日金曜日

伊勢修養学舎3班2日目 ~お神楽と豊栄の舞~

 3班の生徒たちは2日目の行事を見事にやり切ってくれました。男子生徒も女子生徒もご指導を受けた神職の先生方の言葉一つ一つをしっかりと心で受け取り素直な気持ちで行動に移してくれてました。

校の伝統行事である「伊勢修養学舎」において、神楽奉納と女子生徒が修得する神楽舞(かぐらまい)は、日本の伝統精神や感謝の心を学ぶ上で非常に重要な意味を持っています。伊勢修養学舎の2日目、生徒たちは身心を清めた状態で伊勢神宮(内宮)に参拝します。 その後に内宮の敷地内にある神楽殿(かぐらでん)にて、大御神への感謝と祈りを込めて御神楽の奉納を行います。

厳かな雰囲気の中で行われるこの奉納は、生徒たちにとって神道の精神を肌で感じる貴重な体験となります。毎年別大々神楽(べつだいだいかぐら)という神楽をご奉納させていただいており生徒達は大神様に3年間の学校生活の充実と健康を祈願しています。

この神楽舞は、倭舞(やまとまい)・人長舞(にんじょうまい)・舞楽(ぶがく)から構成されており、倭舞は女性神職4名による和琴、笛、篳篥(ひちりき)、笏拍子(しゃくびょうし)による大和歌に合わせて舞う、幽玄な余韻がある舞となっています。また舞楽においては蘭陵王(らんりょうおう)という雅楽の曲名の1つで武人の舞らしい勇壮さの中に、美貌で知られた蘭陵王を偲ばせる優雅さを兼ね備えた素晴らしい舞となっています。

男子生徒が「禊(みそぎ)」として五十鈴川に入水する一方、女子生徒は「大祓詞(おおはらえことば)の奏上と書写」、そして神楽舞の習得に励みます。

女子生徒が体験・練習する舞は「豊栄の舞」です。女性が舞うことを前提として作られたため、別名「乙女の舞」とも呼ばれています。舞人は、右手に榊(さかき)または季節の花を持って舞います。舞に込められた意味は森羅万象の神々を崇め、太陽の恵み、生きていることへの感謝、そして自然への感謝の心を表現しています。万物に神々が宿ると考える日本固有の文化が息づく舞です。舞を習うことで日本人が育んできた歴史の重み、伝統のすばらしさを感じ、「生きること」について改めて考えて欲しいと思っています。

この女子生徒たちは、皇學館大学の祭式教室をお借りし、神職の女性講師の先生方から直接ご指導を受けています。初めて体験する独特な体の動きや作法に戸惑いながらも、一所懸命に練習を重ねることで、美しい所作とともに「ご奉仕する大切さ」や「生きる力」を学んでいきます。

また本校では、元宮内庁式部職楽長を務められた豊英秋先生(平安時代から続く雅楽の一族)から長年指導を受けている歴史があります。学校には本校オリジナルの神楽「尚学の舞」もあり、伊勢修養学舎での経験は、こうした学校独自の深い神道教育の土台ともなっています。

3班の生徒たちも猛暑の中本当に頑張ってくれています。素晴らしい生徒たちが本校に入学してくれて約4か月になります。本校の伝統行事でもある伊勢修養学舎に参加して浪速でしか学ぶことができない多くの学びを体験することでさらに成長してくれたと本日の生徒たちの姿を見て確信しました。あと1日最後まで気を抜かずにやり切ってください。


2026年7月23日木曜日

伊勢修養学舎 2班最終日そして3班到着 ~内宮~

今日は2班の生徒が最終日となり男子女子生徒ともに早朝の神道行事を素晴らしい姿勢で行ってくれました。3日間での成長を感じ取れた瞬間は感動そのものです。2班の生徒の皆さんの頑張りを心から祝福したいと思います。

2班の生徒たちが帰路に就いた1時間後3班の生徒たちが伊勢の地に到着しました。先生方の指示に的確に応えて行動している姿を見ていると3班の生徒たちの3日後の姿が今から楽しみです。是非とも目の前の行事を真剣にそして一生懸命に取り組んでほしいと思います。

本日は内宮についてお話させていただきます。内宮にお祀りされているのは、日本の総氏神(すべての人の祖先神)であり、太陽の神様でもある天照大御神(あまてらすおおみかみ)です。

今から約2000年前の遠い昔、神様は天皇の住まい(宮中)に一緒にお祀りされていました。しかし、「神様の力があまりに強く畏れ多い」ということから、よりふさわしい聖地を求めて、皇女である倭姫命(やまとひめのみこと)が旅に出ることになります。

大和の国(奈良)を出発し、何年もかけて各地を巡った倭姫命が伊勢の国にたどり着いたとき、天照大御神から「この波が打ち寄せる美しい伊勢の国に私はいたい」というお告げがありました。こうして五十鈴川のほとりに建てられたのが、いま私たちが目にする内宮の始まりです。

2000年間、一度も絶えることなく、祈りが捧げられ続けてきた「奇跡の聖地」。それが伊勢神宮なのです。皇位のしるしとして受け継がれる三種の神器の一つである八咫鏡(ヤタノカガミ)をご神体としてお祀りし、国家の守護神として崇める伊勢信仰は平安末期より広がっていったと言われています。この内宮の大神様は最も本校の基本となる大神様で、学校にある学院神社にも祀られている神様です。

神社神道を建学の精神とする学校で学ぶみなさんにとって、この参拝には一生の財産となるものがあります。1つ目は「おかげさま」の感謝を知る事です。神道の根本にあるのは、神様やご先祖様を大切にする「敬神崇祖(けいしんすうそ)」の心です。いま自分がここに生きて、学校に通えているのは、決して当たり前のことではありません。親や先生、友人、そして命を繋いでくれた先祖や大自然への「ありがとうございます」という感謝の心を、神前で静かに感じてみてください

そして2つ目として校訓「浄明正直」を肌で感じることです。本校の校訓である「浄明正直(じょうめいせいちょく)」。清らかな心・明るい心・正しい心・素直な心を言葉ではなく、五感すべてを使って「浄明正直」な自分へと生まれ変わる心地よさを体感してほしいと思います。

3つ目としては「今、この瞬間」を一生懸命に生きる」ことを実践することです。過去の後悔や未来の不安にとらわれず、「今生かされている自分」に誇りを持ちましょう。参拝を終えたとき、日々の勉強や部活動、自分の夢に向かって「よし、またここから頑張ろう」という強い軸(バックボーン)をもってほしいと思います。 

最後4つ目としては日本人の「心の原点」に触れることです。世界へ羽ばたく国際人になるために、最も必要なのは「自分の国の文化や伝統を深く知ること」です。日本人が2000年大切にしてきた精神文化の最高峰に触れることは、みなさんが将来、世界中の人から信頼される自立した社会人になるための大きな教養となります。

これらをこの伊勢の地で感じ取ってこれからの社会を生き抜くための逞しさとしなやかさを身に付けるきっかけとなればこの伊勢修養学舎の目的が達成されると考えています。

2026年7月22日水曜日

伊勢修養学舎 2班 2日目  男子の「禊(みそぎ)」と「祓(はらえ)」〜水に清められ、成長する生徒たち〜

 2班の生徒たちは2日目を迎えました。生徒たちの表情や行動には明らかな変化が現れ、この修養学舎の成果がしっかりと見えてきています。この修養学舎には重要な神道行事が数多くありますが、その中でも最も大切にしているのが、男子の「禊(みそぎ)」と女子の「豊栄(とよさか)の舞」の体験です。今回は、男子の「禊」と「祓(はらえ)」について伝えさせていただきます。

早朝の静けさの中で朝5:30の起床から始まります。6:00には全員が集合場所に集まり、一言も発することなく五十鈴川(いすずがわ)へと向かい、禊を実施します。五十鈴川での禊を終えた男子は、そのまま内宮(ないくう)へ参拝。一方、女子生徒は同時刻に講堂へ集合し、まずは内宮へ参拝します。参拝後は、講堂にて大祓詞(おおはらえことば)を奏上し、書写を行います。 男子・女子ともに、早朝の澄んだ静けさの中、心を落ち着かせて素直な気持ちで参拝に臨んでくれました。

本校を卒業した男子生徒の多くが、口をそろえてこう言ってくれます。

「今となれば、本当に貴重な経験をさせてもらったと思います。このような経験はもう二度とないでしょう。卒業後に伊勢を訪れたとき、あの貴重な体験をさせていただけたのだと、自然と感謝の気持ちが湧き出てきます」

この「禊」を最初に行ったのは、日本神話における国生みの神様「イザナギノミコト(伊邪那岐命)」です。『古事記』によると、イザナギノミコトは、火傷を負って亡くなった妻のイザナミノミコトを追いかけて死者の国である「黄泉の国(よみのくに)」へ向かいますが、そこで恐ろしい姿となった妻を見てしまいます。命からがら逃げ帰ったイザナギノミコトは、黄泉の国の穢れ(けがれ)を落とすために川に入って身を清めました。その際、多くの尊い神々が誕生したとされています。このときのイザナギノミコトの行為が、神道における禊の起源として今に伝わっています。

「禊」の語源は「身削(みそぎ)」や「身滌(みそぎ)」からきているとされ、川や海に入ったり、滝に打たれたり、泉や井戸の水を浴びたりして、罪や穢れを洗い流し清めることを指します。 日本は豊かな水に恵まれた国です。山から湧き出た水が河川を通じて海へと流れ、国全体を清めていく――こうした日本独自の自然環境が、水の持つ「浄化作用」に対する深い信仰を育んできました。このように、水の力によって穢れを洗い清め、清浄な状態に戻す「祓(はらえ)」のことを「禊」と呼ぶのです。

 このように、禊の意味を深く学び、実際に体験することで、日常生活では気づけなかった多くの大切なことに気づかされます。修養学舎の神道行事には、そのすべてに意味があり、理由を知ることで生徒たちの姿勢や心構えは大きく変化していきます。その変化こそが、人間として成長する大きなきっかけとなるのです。

神道の世界では、「私たちは大自然の力に生かされ、助けられている」という感謝の気持ちを大切にしています。その精神を根幹に置くこの修養学舎での神道行事は、自分自身を改めて見つめ直し、新たな道へと導いてくれる最高の体験になると確信しています。これこそが神社神道を建学の精神とする浪速でしか経験できない行事なのです。その学校で学ぶ生徒たちには必ず明るい未来が待っていると思っています。