2020年11月13日金曜日

自由な学校ってどんな学校?

まず「自由」について考えたいと思います。
私も自由に生きたいですし、皆さんにも自由に生きてほしいと考えています。
今人生を振り返ってみると私はいつも「自由」という言葉を意識するときは何らかの束縛や制約を感じている時に意識していたと感じています。特に中学生・高校生の時は、自分の思い通りにならないのは、「制約が多く自由がないからだ」と周囲のせいにしていたように思います。
自由とは文字通り「自分に由る」と書きます。すべての行動が自分自身に起因するという事です。自由になる、あるいは自由を感じるのは、結局のところは自分次第ということなのだという事がわかったのはしばらくたってからでした。そこにもっと早く気付くことができていれば、自己を見つめ、「自分の持って生まれた才能や性質を十分に発揮する」ことが出来たかもしれないと思っています。
では、「自由な学校」って一体どんな学校でしょうか?一人一人が何でもやりたいことをやることのできる学校が自由な学校でしょうか。
私は、「多くの選択肢を持ち、その中から最善の選択を出来る学校」が自由な学校だと考えています。その様な学校に在籍することで私たちは自分のやりたいことをストレスなくやっていけるのだと思います。そのような学校で一人一人の生徒が3年間の学校生活の中で学習と経験を積み重ねる事が大切な事だと思います。そして日々の学校生活で一つでも多くの学ぶ事で、たくさんの選択肢を持つことができるようになります。
束縛や制約を常に感じながら学校生活を過ごしていると目の前にある学びや発見に気づくことなくただ何となく過ごしていく。そのような学ぼうとしない人や新しい発見をしようとしない人は、多くの選択肢を持つことはできませんし、残念なことに今後その人は極めて「不自由」な人生を歩むことになる可能性が大きいと思います。楽しい事だけが自分を成長させてくれるのではありません。かえって辛いことや我慢した時の方が自分自身を成長させてくれる事もあります。今の自分が置かれている状況をどのように捉え行動するのか。自由であるということは、自分で考えて正しく行動するということです。
浪高生のみんな思考を停止してはいけません。学び続けて欲しいと思います。
学ぶためには一歩前に進むことです。そうすれば必ず新たなる発見があります。失敗を恐れず数多くの新しい発見を実感できるよう、この浪速の恵まれた環境を最大限生かして今後の自分の人生の自由を掴みに行ってほしいと願っています。「常に学びの場は目の前にある」
                No man is free who cannot control himself
                                             自分をコントロールできない者に自由はない  
                                                             ~ピタゴラス (古代ギリシャ数学哲学者)~