2023年2月8日水曜日

「自信」の正体とは?

 生徒からの話で「自分には自信がありません…。」そんな言葉をよく聞きました。また「先生は自分に自信がありますか?」と逆に問われた事もありました。自信という「証明書」みたいなものを持っているわけでもないのに「あるよ」って答えていました。今もみなさんには、「自信をもって頑張ろう!」という趣旨の事を言っている時があります。

私は「自信を持つ」ということは自分自身を信じる事だと思っています。「自信がある」という言葉は「俺は何でもできる!」とか「偉いんだ!」とか何か自慢げな所やオラオラ感?みたいな感じを受ける方もいるかもしれません。しかし、私はそれが過剰な劣等感や優越感など一切なく、自然体で自分自身をフラットに見ることが出来る事だと思っています。

成功する人だけが「自信」というものを持つのではなく、自分に対して信頼を持っていれば仮に失敗したとしても、単に失敗したと素直にその状況を受けいれることができます。ときに自分自身を励まし、現状から少しずつ歩んでいくこともできます。私はそれを「自信」と考えています。

では自分を信じるために必要なことってどんなことでしょうか?一つ目は、自分のことが好きかどうか?です。「自分が好き」っていうと、ナルシスト的なことを想像しがちですが、そうではありません。「自分自身について気に入っている部分がある」と言い換えてもいいかもしれません。自分自身への愛というのは、健全かつ大事なことなのです。自分自身に対してフラットに好意を持つことは、悪いことではなくむしろ必要なことです。

つまり、自分の内面について理解しているかどうかです。自分自身の内側の感覚、価値観、世界観をどれくらい理解しているか?です。「わたしのこういう時の判断は、なかなかよい」とか「私にはこういう価値観や信念がある」とか、もっと言えば「私はこんな世界観を持っている」みたいな。

次に健全な身体です。身体がガタガタだと、体調も悪くなるし思考力も落ちます。自分を信用しようだなんて思うことすらできなくなります。そして他者への信頼、他者からの信頼。自分を信頼するというのは、ある意味、自分を他人のように眺めて認めることだとも言えます。裏を返すと、他者を信頼できる人は自分自身も信頼できるようになる素養を多分に持っています。また、他者から認められるというのも、自分を信じるための大事な要素の一つになります。

何かができるようになる(積み上げていく)感覚を身に付ける事。なんでもいいのですが、なにか特定のスキルを向上させて、その伸び具合を見るというのも自分を信頼していく上で大事な要素です。私は、長年スポーツをやってきました。小さな目的をもって地道に練習すると1週間ほどで見違えるように上達します。コソコソ練習ですね。自分自身のちょっとした変化に気づくことが重要です。「私もやればできるではないか」と思えたら、しめたものです。

私は成功している人や行動や結果を残せている人も、絶対的な自信があるわけではないと思います。私が伝えたいことは、自信をもつために必要なのは、必ずしも行動力や能力の高さ、資産、地位、資格等ではないということです。むしろみんなが今もっているもの、経験してきたことを如何に生かしていくのかに重きが置かれると私は考えています。

しかし「自信」というのは一度持つことが出来れば一生大丈夫というわけにはいきません。必ず崩壊します。でもその崩壊は悲観的な崩壊ではなく新たなものを生み出すための言うなれば自分自身を刷新していくためのチャンスなのだと私は考えています。

最後に、みんなにはそれぞれの世界があります。その世界で今まで生きてきました。その歴史の中で積み上げてきた経験がどのように生かされているのか。そしてその世界を今後どのように広げていくのかでまた違った「自信」を身に付けることが出来ると考えています。人と比べる必要はありません。自分にしかない世界を持ち他者と共感しながら新しい自分を発見し、その自分を「信頼」して次の「自信」につなげていってください。