今週水曜日に3年生が卒業して登校しなくなり校内は1年生・2年生だけの校舎となり少し寂しさがありますが 在校生たちも次年度に向け日々頑張ってくれています。在校生たちには更に成長してほしいと願うばかりですが今日は「勇気」とは何かについて伝えたいと思います。
江戸時代後期の武士であり、「松下村塾」で明治維新の多くの志士を育てた吉田松陰は、「人は、勇気がなければ、いくら思いやりの心や知恵が深くあろうとも、何の役にも立たない」と、行動を起こす上での勇気の必要性を説きました。一方で、新渡戸稲造は『武士道』の中で、「勇気は義のために実践されなければ、徳の中に数えられる価値はない」と述べ、勇気の向かうべき方向性、すなわちその「目的」の重要性を問いかけています。この二人の言葉は、私に「勇気」の本質を教えてくれました。勇気とは、単なる気合いや無謀さとは違ったものだと私は考えています。本当に大切なのは、「何のためにその勇気を持つのか」という目的意識にあるのだと思います。目的を誤った勇気は、時として危険な力にもなり得ます。例えば、一本の包丁が、人を幸せにする料理を生み出すこともあれば、人を傷つける凶器にもなり得るのは、まさしく使う人の「目的」が違うからです。人は誰でも、危険や困難を前にすると、前に進むべきだと分かっていても畏縮してしまうことがあります。その恐怖を乗り越え、一歩を踏み出す力を与えてくれるのが、高尚な目的意識ではないでしょうか。それは、お金を稼ぐことにも通じます。お金を稼ぐこと自体は悪いことではありません。しかし、その目的が社会や人のためといった「善きこと」であれば、より多くの人から応援され、大きな力となるでしょう。結局のところ、その目的が「自分のためだけ」という利己的なものであれば、たとえ一時的に成功したとしても、長い目で見れば誰からの共感も得られず、孤立してしまいます。
私はよく朝礼などで生徒たちにこう伝えています。「自分がこれからやろうとすることが本当に正しいかどうかは、未来になってみないと分からないことも多い。しかし大切なのは、自分が信じた道を『正しかった』と胸を張れるように、努力し続けることだ」と。吉田松陰が言う勇気とは、まさにこの「自らが正しいと信じる道を貫く強さ」のことではないでしょうか。「目的ある勇気」これが大事です。
在校生に伝えたい。卒業した先輩たちは大きな夢をもって本校を巣立っていきました。進学という夢を実現させ、その先にある次の夢へと挑んでいく。みんなにはまず夢を持ってほしい。夢は情熱の源です。そして、その情熱をエネルギーに変え、「正しい目的のための勇気」をもって行動に移してほしいと思います。そうして初めて、皆さんが本当にやりたいこと、やるべきことの実現への道を歩み始めるのだと、私は信じています。これからの在校生達の行動を大いに期待しています。



